『漁師が森をつくる』。禅問答ではありません。いま日本各地で、漁業を営む人々が豊かな海を甦らせようと、河川の上流域でナラやブナをはじめとする広葉樹の森づくりに取り組んでいます。山から川を経て海に注ぎ込む水が、海に生息する魚貝類の生育に大きな影響を与えることがわかってきたのです。
例えば、宮城県の気仙沼湾に面する唐桑町で始まった「森は海の恋人」運動もそうした取り組みの1つです。牡蠣の産地として有名な気仙沼湾ですが、運動が始まった平成元年当時、赤潮が頻繁に発生し、養殖は危機的な状況に陥っていたそうです。そこで唐桑町の漁師たちは養殖漁場の環境改善のために、湾に注ぎ込む大川の上流域で植樹運動を始めました。今では小学校の環境教育の一環として取り入れられるなど多くの人々が参加する運動に発展し、これまでに4万本の植樹が行われています。その結果、かつては姿を消していたうなぎも川に戻り、牡蠣の成育も順調に回復してきているということです。
福岡県でも「漁業者が参加する県民ボランティア植樹活動」が(財)福岡県緑化推進機構を中心にして、運動の広がりを見せており関心が高まってきています。
 


 


では、森が豊かな川や海を育てるメカニズムとは、どのようなものなのでしょう。 魚貝類が豊富に生息するためには、エサとなる植物プランクトンが豊富に供給されていなければなりません。その植物プランクトンの成長には、鉄が不可欠です。プランクトンの体内に取り込まれた鉄は、養分として必要な窒素をうまく吸収する、光合成を行う葉緑素を作り出すという2つの役割を果たします。この鉄を取り込まれやすい形にするのが、広葉樹の腐葉土から生成されるフルボ酸という物質なのです。つまり、上流域に広葉樹林を擁する河口の海には、フルボ酸鉄が豊富に含まれるため、食物連鎖が正常な形で繰り返されるというわけです。もちろん、広葉樹林は自然のダムと呼ばれるように保水力に富んだ地盤をつくり、土壌の改良や水質浄化の効果もあります。
上流に豊かな森林があってきれいな水が注ぎ込む海は、プランクトンの量が30倍、多いところでは100倍にも達するそうです。こうしてみると、森と川と海は常に一体で、漁師が森に目を向けたのは、とても理にかなったことであることが実感できると思います。

源流から河口までが福岡市域内で完結する唯一の川、室見川を私は「母なる川」と呼んでいます。しかし、水質が改善されてきているとはいえ、上・中流域の開発等の影響で泥が流れ込み、河口部の泥分率が上昇しているのではないかという懸念もあります。多くの自然の恵みを私たちに与え続けてきた母なる川を、極めて短い期間のうちに疲弊させてきたのは、ほかならぬ私たち人間とその文明です。私たちは、高度に肥大化した文明社会を経験することによって、いま再び人間もまた自然のサイクルの中で生きていることを自覚しつつあります。母なる川からの恵みを受けて育ってきた私たちが、いまこそ立場を替えてこの川の母となり、木を植え森を育て、恩返しできればと思っています。そうすることが室見川の清流を守り、ひいては博多湾を豊かな海にしていくことにつながっていきます。
はじめから森をつくるなどという壮大なことを考えているわけではありません。植樹して木を育てるという地道な行為は、早急な結果を求めるものでもありません。それでも、未来の子供たち、そして母なる室見川のために、「1本の木を植える」ことから始めてみようではありませんか。
 


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